嫉妬は醜いだけじゃなかった。『リボルバー』を読んで気づいたこと

日常だって特別よ

こんにちは〜!こんばんは〜!まるっピです!

今日は「嫉妬」の話。

このブログでは、もう何度も登場しているテーマです。

最近よく耳にする「マウント合戦」という言葉。
女性は男性よりも嫉妬心が強い、なんて言われたりもしますよね。

確かに、「マウント」という言葉自体、女性同士の会話で使われることが多いような気がします。

かく言う私も――
はい、嫉妬の塊です。

特に、身近な人。年齢が近い、家族構成が似ている、立場が同じ。

共通点が多ければ多いほど、嫉妬心はむくむくと大きくなります。

勝ったとか負けたとか、そういう話ではなくて。

「彼女は私よりも軽やかに生きている」
「私が苦労していることを、あの人は難なく乗り越えている」
「私がいじけてしまうようなことを、全く気にせず過ごしている」

そんな姿を見ては、モヤモヤ、ザワザワ。
どうしようもない嫉妬心が湧き上がってくることがあります。

日々そんな思いを抱えながら、手に取った原田マハさんの小説『リボルバー』。

物語のクライマックスで描かれていたのは、ゴッホとゴーギャンの、深くて、どうしようもない嫉妬心でした。

読みながら、ふと思ったんです。

嫉妬心って、誰もが抱く感情で、悪いものばかりじゃないのかもしれない。

彼らの嫉妬は、ただ腹が立つとか、悔しいとか、そういう感情ではありませんでした。

そこにあったのは、憧れ

「自分もああなりたい」という切実な願い。

相手を認め、讃えているからこそ生まれる「いいなぁ」「羨ましいなぁ」という気持ち。

それが、嫉妬という形で表に出てきていただけなんだと。

そして、そんな相手に少しでも近づこうと、
泥くさく「何くそー!」と食らいついていく姿が、とても美しく描かれていました。

ゴッホやゴーギャンの言葉は、決して綺麗ではありません。
むしろ、ひねくれていて、へそ曲がりで、不器用。

それでも、その言葉の奥にある想いが、私の目にはとても美しく映りました。

私の嫉妬心は、彼らほど立派なものではないかもしれません。

でも、嫉妬する相手がいるということは、
「なりたい自分」がそこにある、ということなのかもしれない。

そう思えたら、少しだけ、嫉妬と仲良くなれそうな気がしました。

今日も私は、嫉妬心を抱えながら、
泥くさく、必死に、前に進いていこうと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました