心の入国審査官|40代になって気づいた、人とのちょうどいい距離

日常だって特別よ

こんにちは〜!こんばんは〜!まるっピです!

私には、多くはないけれど、かけがえのない家族や友人がいます。

振り返ると、40歳になるまでに本当にたくさんの人と出会ってきました。

子どもの頃は、学校や部活、習い事。

思春期になると、家と学校に加えてバイト先の人間関係。

子育てが始まれば、先生やママ友との付き合い。

パートを始めれば、職場での人間関係。

生まれてから今まで、私はいくつものコミュニティに関わり、その中で人間関係に悩み続けてきました。

みんなに好かれたかった若い頃

どんな場所にも、いい人もいれば、苦手な人もいます。

若い頃の私は精神的にも未熟で、「嫌われたくない」「みんなに好かれたい」と、八方美人に振る舞っていました。

相手の顔色をうかがい、とにかく合わせる。

それなりに頑張っているつもりなのに、なぜか報われない。

気がつけば仲間外れにされたり、嫌味を言われたり。

他人の態度を見ては感情を勝手に想像し、あたふたして、どっと疲れる。

今思えば、あの頃の私は本当にしんどかったなと思います。

境界線の数

40歳になって、ようやく「私は私、他人は他人」そうやって境界線を引けるようになってきました。

人と自分の間にある境界線は、一本ではありません。そのことにようやく気づくことができました。

少なくとも2本!人によっては、とても分厚い壁が何重にも立ちはだかっていることもある。

そんな相手の感情を、勝手に想像すること自体が、そもそも無理な話だったんだと気づきました。

心の中の「入国審査」

そこで私が思い浮かべたのが、心の入国審査官です。

人と自分の間にある境界線を「国境」だと想像する。

入国するには審査が必要で、書類をそろえ、手続きを踏み、時間と労力をかけてやっと通過できる。

そう考えるようになってから、私は慌てずに人間関係と向き合えるようになりました。

若い頃の私は、「とにかく仲良く!とにかく楽しく!」

相手の境界線も考えず、自分のペースを押し付けていたのだと思います。

うまくいかない人間関係を、「なんであの人ああなんだろう」と、人のせいにしていたけれど、

今になって、マイペースだった自分にも原因があったと気づきました。

※あくまで私個人の意見ですが、人間関係の悩みは自分に原因があることも多い気がしています。

NOと言っていい相手がいる

そして、苦手な人とは距離を置いてもいい。

私の中の入国審査官が「NO」と判断した相手とは、

無理に仲良くしなくていい。付かず離れずの距離感でいい。

若い頃の私は、この入国審査が機能していませんでした。
誰彼かまわず入国を許した結果、法律も秩序もない「私という国」は、無法地帯になって荒れてしまったように思います。

自分を攻撃してくる人、どうしても合わない人。

そんな相手に出会ったとき、

大きなサイレンが鳴ることもあれば、そっと警告灯が点くこともあります。

そんなときは、探知犬も出動させて、簡単には入国を許さないこと。

拒絶せずとも、しっかり心の距離を取ること。

それがとても大事だと思うのです。

私の人生は、私が選ぶ

私の人生。私の好きな人だけを周りに置いて、何が悪い!

誰と深く関わるかを、自分で選ぶことは悪いことじゃない。

そして、いい人に出会えたときは、

じっくり時間をかけて、

私自身も誠実に向き合って、相手の入国審査を通れるような関係を築いていきたい。

そんなふうに、これからの人間関係と付き合っていこうと思います。

 

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