こんにちは〜!こんばんは〜!まるがおです!
先日、大阪中之島美術館で開催中の「驚異の部屋の私たち、消滅せよ。―森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ―」へ行ってきました。
会場に入ってまず目に飛び込んできたのが、ヤノベケンジさんの巨大な猫や狛犬の作品たち。
大きい!かっこいい!かわいい!
もう、それだけでテンションが上がります。
オレンジ色の宇宙服のようなスーツを着た「SHIP’S CAT(シップス・キャット)」や、どこか愛嬌のある「トらやん」たちが並ぶ空間は、まるでテーマパークのよう。
おもちゃ箱をひっくり返したみたいな世界に、思わず見入ってしまいました。
かわいいだけじゃない、キャラクターたちの物語
私はこれまで、トらやんやシップス・キャットたちに対して、「なんだかかわいい」「見ていると楽しい」という印象を持っていました。
でも今回、展示の解説を読み進めていくうちに、その見方が少し変わりました。
ヤノベケンジさんの作品には、戦争や災害、放射能汚染など、人類が直面してきた危機が背景にあります。
だから作品のテーマには、「サヴァイヴァル(生き延びること)」や「リヴァイヴァル(再生)」が流れているんですね。
愉快に見えるキャラクターたちは、ただのマスコットではありませんでした。
不安定な世界を旅し、人を守り、未来へ導こうとする存在。
そう思って見てみると、同じ作品なのに少し違って見えてくるから不思議です。
かわいさの奥にある物語を知ることで、より深く作品の世界に入り込めた気がしました。



大阪という街そのものが作品になっていた森村泰昌さんの展示
第2室の森村泰昌さんの展示室は、また雰囲気がガラリと変わります。
ネオンサインが輝き、どこか大阪の繁華街を思わせる空間。
展示されていたのは、大阪を舞台にしたセルフポートレイト作品をもとにした巨大な映画看板です。
通天閣、釜ヶ崎、旧第四師団司令部庁舎…。
私の知っている大阪の風景とともに、メッセージ性の強いキャラクター。
ユーモアがあって少し笑えるのに、その奥には戦争や貧困、時代の移り変わりといった重いテーマも感じました。
賑やかな大阪という街の中に、たくさんの人の人生や記憶が積み重なっている。
そんなことを改めて考えさせられる展示でした。


見えないものを想像する、やなぎみわさんの世界
やなぎみわさんの作品も、とても印象的でした。
船首像や女性像をテーマにした作品からは、「見ること」と「見られること」について考えさせられます。
歴史の中で女性は、守護の象徴として飾られたり、誰かに見られる存在として描かれてきました。
でも、やなぎさんの作品は、その当たり前を少し揺さぶってくれます。

最後の展示室で、思わず胸が熱くなった
そして、私がいちばん心を動かされたのが最後の展示室でした。
そこには、ほとんど何もありません。
展示台や照明はあるのに、肝心の作品が存在しない。
「え?どういうこと?」
最初は戸惑いました。
すると、演者さんによるパントマイムのパフォーマンスが始まりました。
美術館でパフォーマンスを見るのは、私にとって初めての体験。
言葉は一切ありません。
それなのに、不思議なくらい感情が伝わってくるんです。
いつもと変わらない日常。
それがある日突然、消滅してしまう。
戸惑い、絶望し、立ち尽くす。
それでも少しずつ前を向いて、また歩き出していく。
そんな物語が、言葉を使わずに表現されていました。
私はただ見ていただけなのに、いつの間にか自分の人生と重ねていました。
人生って、本当に何が起こるかわからない。
昨日まで当たり前だったことが、突然なくなってしまうこともある。
それでも、人は前を向いて生きていくしかない。
そんなことを静かに考えさせられた時間でした。

想像することも、アートなんだと思った
今回の展覧会を通して感じたのは、「見ること」と「想像すること」は、とても近いということ。
作品が目の前になくても、人の言葉や仕草によって、頭の中には確かに作品が生まれていました。
そして、その作品は見る人それぞれ違うものになる。
アートって、ただ展示されたものを眺めるだけではないんですね。
自分の経験や感情と重ね合わせながら、想像を広げていくこと。
その時間そのものが、アートを楽しむということなのかもしれません。
巨大な猫に圧倒され、かわいいキャラクターたちの隠された物語に考えさせられ、最後には何もない空間で心を大きく動かされた今回の展覧会。
帰る頃には、「来てよかったなぁ」としみじみ思っていました。
アートって難しい。
でも、だからこそ面白い。
そんなことを改めて感じた一日でした。



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